M&Aは、相手がいなければ何も始まりません。
しかし、その相手を探し当てるまでが、なかなか難しいのです。自社を売りたいと希望する経営者が、自力で買い手を探そうとしても、非常に大きな「買い物」ですから、自分の人脈の範囲で見つけ出したり、知り合いの紹介を得るのも困難です。会社の買収を計画している会社があるとしても、業種やタイミングなどの面で合致するかどうかも運や偶然に左右されるでしょう。
そこで、買い手企業となる候補をマッチングするという高い壁を乗り越え、面談の場を設けるのが、M&A仲介の専門家であるアドバイザリーの重要な任務なのです。
しかし、面談を経た後に、買い手候補だった企業トップの気が変わり、M&Aの話がなくなってしまうかもしれませんので、慎重に進める必要があります。
この記事では、トップ面談の設定から、基本合意契約書の取り交わしまでの流れについて、概略を解説しています。
目次
経営トップ同士の面談 ―― M&Aに向けて、最初の一里塚
M&Aの相手方を見つけるにあたって、買い手の候補となる企業は、売り手企業のノンネームシートや企業概要書を何社も、あるいは何十社も検討して、その中から、実際にトップ面談を行う企業を選び出します。通常は2~3社にまで絞り込むことが多いです。
買い手候補は、面談の相手方を選択することができますが、売り手候補は基本的に「選ばれる」ことがなければ面談に入れず、受け身の立場です。少なくともこの段階では、売り手候補企業よりも、買い手企業のほうに、イニシアチブ(交渉の主導権)が握られているといえるでしょう。
よって、M&Aで自社の売り手となりたい経営者としては、買い手候補企業から、直接の面談相手として選んでもらえるよう、M&A仲介会社・アドバイザリーのサポートを受けながら、ノンネームシートや企業概要書の内容を磨き上げていくことになります。
まずは、人としての信頼関係を築き上げる
トップ面談においては、売り手企業と買い手企業は対等の立場で接することになります。
もちろん、双方の基本的な情報は、企業概要書で把握していることでしょう。企業概要書で判然としない範囲内で、最低限の質疑応答が行われることもあります。ただ、トップ会談の目的は、情報収集やインタビューよりも、信頼関係の構築に重きを置かれるのが一般的です。
特に事業承継目的のM&Aでは、長年にわたって大切に育ててきた自社を譲り渡して、将来を託すわけです。たとえ仮に相場よりも高額での買い取りを提示されたとしても、信頼できない買い手と契約するのはためらわれるでしょう。
よって、まずは企業がお互いに相乗効果を生み出せるように、強みや魅力を出し合える関係になれるかどうかが問われます。
拙速さに注意 ―― 一度や二度会っただけではわからないこともある
トップ面談の段階では普通、契約に関する条件提示や擦り合わせのための話し合いなども行いません。
お互いに、M&Aの実現に向けて前向きに取り組んでいけるよう、関係性を少しずつ構築していくのです。
まるで「金を出せば口を出す」と言わんばかりに、相手方を一方的に支配したり、資産や人材などの経営的リソースを一方的に奪ったりすることを一番に考えているように感じられる買い手候補企業は、いくら好条件を提示されたとしても契約関係に入るのは避けたほうが賢明です。
通常、トップ面談は1回で終わることはなく、数回にわたって繰り返し行います。その1回にかける時間も、せいぜい1~2時間とたっぷりととられるものではありません。
しかし、心理学的にもザイオンス効果(単純接触効果)と呼ばれ、同じような初対面の印象であれば、会う回数を重ねれば重なるほど、その相手への好感が高まっていく事実が知られています。
開始時間に遅れて平気で相手方を待たせたり、直前になってスケジュールの変更を求めたり、次回までに行うと約束したことを果たさないなどといった、失礼な行為を繰り返すのも、M&A契約の実現には不利に作用することでしょう。
口先ではどれほど相手方の立場を尊重するような調子のいいことを語っていたとしても、それが行動や態度で表されておらず、相手の手間や時間を浪費している現実に配慮されていなければ、やはり信用することは難しいのです。
意向表明書を受け取れるかどうかが、次の関門
意向表明書とは、M&Aの成立へ向けて、お互いの企業が意思表示を明らかにする書面です。
この意向表明書がお互いに提出されることによって、M&Aが大きく動き出します。
ただ、その一方で、意向表明書が双方から提出されなかった場合、M&Aの話は決裂して白紙に戻ったことを意味するため、改めて仕切り直す流れになるのです。
この意向表明書を提出する段階でも、買い手側企業に主導権があります。
なぜなら、トップ面談で複数の面談相手がいて、選択肢を多く確保している状態が、その企業トップの精神的な余裕にも繋がるからです。
買い手側の企業は、自分の意思で複数の企業とトップ面談をオファーすることができる立場です。しかし、売り手側の企業にとっては、その選択肢を確保できるかどうかは、買い手側企業と違って自社でコントロールできず、オファーを待つ「受け身」の立場なのです。
売り手側の企業のトップが、面談中に何もミスを冒さず、むしろ好印象を与え続けたとしても選択権は買い手側にあります。
もし、他の候補企業に意向表明書を提出すれば、あえなく交渉が決裂してしまうため、売り手企業はやや不安定な立場に置かれているといえるもしれません。
たとえ、M&A相手となる候補企業が1社のみに限られている状況だとしても、焦ったり媚びたりしすぎずに、堂々とした態度でトップ面談に臨むことで、いい結果に繋がりやすくなる可能性があります。
意向表明書の記載内容
意向表明書に記される内容は、おもに次の通りです。
- 企業の活動概要
- M&Aが実現されることによって期待されるシナジー
- M&Aの実現に向けてのスケジュール(ロードマップ)
売り手企業にとっては、トップ面談の前に提出した企業概要書と内容が重複しているところもあります。ただ、トップ面談を経ることで、記載内容が一部変更になる場合もありえます。
基本合意契約の締結 ―― いわば、M&Aの中間地点
M&A仲介会社・アドバイザリーは、買い手候補企業から受け取った意向表明書や、売り手候補企業からの意見などをベースにして、基本合意契約に関する原案を作成します。
この意向表明書を元に、M&Aアドバイザーが間に入って基本合意契約の締結に向けて条件の調整を行います。
基本合意契約書には法的強制力(法的拘束力)を伴わせないこともできます。つまり、契約内容を破っても、裁判を通じて損害賠償や契約解除などを求めることができない、形式的な契約書にすることもあるのです。
なぜなら、この後に実行する「デューデリジェンス」の結果によっては、その内容に後から変更を加える必要性が生じうるからです。基本合意契約書の内容には、ある程度の柔軟性を持たせることもできるわけですが、法的拘束力がなければ契約書を結ぶ意味が無くなるリスクもあります。
力関係の差が大きすぎる、あるいは信頼関係がやや揺らいでいるなどの理由で、契約書の内容を相手方に破られるおそれが少しでも窺われる場合は、基本合意契約書に法的強制力を伴わせたり、あるいは契約自体を見送る決断も重要です。
M&A基本合意契約書の記載事項
基本合意契約書に盛り込まれることが多い事項は、一般的に次の通りです。
- 企業の譲渡価格
- M&Aの種類・方法(吸収合併・株式譲渡など)
- M&Aに向けてのスケジュール(ロードマップ)
- デューデリジェンスの相互協力義務
- 独占交渉権(他の候補企業との並行的な交渉禁止 約2~6カ月間が目安)の有無
意向表明書の内容と重なる部分もありえますが、M&A当事者の片方のみの希望を記載している意向表明書と異なり、基本合意契約書は、M&A当事者双方の意向を反映させているのが特徴です。
裏を返せば、M&Aについて双方の意向を調整できず、基本合意契約書を作成することが行き詰まった場合には、交渉が決裂したことを意味し、M&Aへの取り組みは振り出しに戻ります。
まとめ
創業者にとって、会社の姿は人生そのものといえるかもしれません。会社の命運がかかった、満足のいくM&Aを実現させるためには、幾多の困難を乗り越えなければなりませんし、月単位ないし年単位の長い期間を要します。
特に事業承継を目的としたM&Aでは、起業家人生で「有終の美」を飾り、大切に育ててきた会社の未来を繋ぐための、最後の大仕事といえるかもしれません。
M&Aによる事業承継を円滑に実現させる鍵は、トップ面談でのコミュニケーションや交渉を充実させることも含まれます。相手方に直接言いにくいことも、交渉事務に精通したM&A仲介会社の担当者が代行して、うまく伝えてくれます。