事業承継を目的としたM&Aで、トップ面談から基本合意契約書まで交わす段階になれば、いよいよ佳境を迎えます。
M&Aの売り手企業と買い手企業、双方において最初の大きな負担がかかる共同作業といえるのが、デューデリジェンスです。
面談で経営者自身の人柄や信頼感を伝えた後は、デューデリジェンスを介して、会社そのものの価値や信頼感をあらゆる側面から先方に伝える必要があります。
もし、デューデリジェンスの結果、M&Aの相手方企業に大きな問題があると発覚すれば、最悪の場合、基本合意契約が破棄・解除されることもあるため、デューデリジェンスは重要な手続きです。
以下、詳しくご説明いたします。
目次
そもそも、デューデリジェンスとは?
デューデリジェンスとは、主にM&Aをこれから行おうとしていて、買い手側(対価支出側)の企業が、売り手側となる企業の実態をあらゆる角度から、各専門家のサポートを借りながら徹底的に調査を行う一連の活動です。
英語では“due diligence”と表記します。日本語に直訳すれば、「適正な注意」といった意味合いですが、場合によっては「買収監査(買収調査)」と訳されることもあります。
つまり、M&Aが成立した後に、売り手側の企業に隠れた問題が発覚して、買い手側企業に思わぬ損害が発生したりしないよう、前もって問題が隠れていないかどうかを調査しておくことを、デューデリジェンスと呼ぶのです。
負担であると同時に、チャンスでもある
もっとも、デューデリジェンスの過程で、売り手企業の思わぬ価値や資産が見つかることもあります。その場合は、その売り手企業の譲渡価格(買い手企業の負担額)にも変更が及びうることになります。
M&Aでの買い手企業は、多くの場合、売り手となる企業よりも立場的に優位になることが多いのが実態です。
ただ、売り手企業に隠れた問題点があったとしても、それは事前に注意を払ってその問題点を見つけられなかった買い手企業の側が、基本的に自己責任を負います。そのリスクを事前に回避するための活動こそが、「適正な注意」すなわちデューデリジェンスです。
たとえば、中古の建物や車両などを購入する際に、前もって専門家に依頼するなどして、不具合や故障などが隠れていないかどうかを調査することがありますが、デューデリジェンスもそれに似ています。会社そのものを「健康診断」「人間ドック」にかけるようなものとイメージしていただければ結構です。
売り手企業の側にとっては、買い手企業が実施するデューデリジェンスに抵抗せず、協力する義務を負うことになります。デューデリジェンスの直前に締結する基本合意契約書の条項の中でも、デューデリジェンスへの協力義務が盛り込まれます。
デューデリジェンスの種類
デューデリジェンスには、主に「経済的」「法的」「事業的」の3種類に分けることができます。以下、それぞれについて説明します。
経済的なデューデリジェンス
企業のキャッシュフローや資産状況などを調べる経済的なデューデリジェンスには、公認会計士や税理士などの専門家が関わります。
経済的なデューデリジェンスの内訳として、具体的には次のようなものが挙げられます。
財務デューデリジェンス
決算時の財務諸表(貸借対照表・損益計算書)を検討して、その裏付けとなるエビデンスを徹底的に調査し、書面と実態の食いちがいがどれほどあるかを調べ上げるデューデリジェンスです。
過去の事業推移や将来の事業計画、設備投資や簿外債務なども、財務諸表の記載と照らし合わせ、不整合の有無や程度をリサーチします。
ファイナンシャル・デューデリジェンスとも呼ばれ、ほぼすべてのM&Aに際して行われる代表的なデューデリジェンスといえます。
不動産デューデリジェンス
企業が所有・管理する土地や建物について、自然災害や経年劣化などのリスク、他者の隠れた権利で制限されていないか、などについて調査を実施します。後述する法的デューデリジェンスの側面もあります。
特に土地は、形状や位置、高低差や地質などの観点において、すべてが唯一無二の存在であり、その最新かつ正確な価値を算出するには、不動産鑑定士や土地家屋調査士などの専門家によるサポートが必要です。
税務デューデリジェンス
これからM&Aを行おうとする会社に、法人税や固定資産税などの未払いがないかどうか、あるいは突然の税務調査や追徴課税の可能性、過度な節税対策が脱税として刑事訴追されるおそれなどが隠れていないかを調べるデューデリジェンスです。
特に、吸収合併など法人格を一体化させるM&A、あるいは株式譲渡や交換によるM&Aでは、税務リスクの承継が行われます。つまり、買い手側の企業が追徴課税などを直接負担しなければなりません。
ネガティブな報道や口コミなどによるレピュテーションリスク(社会的評判が失墜するリスク)を含め、M&Aをきっかけに思わぬ損害を被るおそれがありますので、この税務デューデリジェンスも欠かせない手続きのひとつです。
法律的なデューデリジェンス
法律的なデューデリジェンスの主な類型としては、次のようなものを挙げることができます。
法務デューデリジェンス
リーガル・デューデリジェンスと呼ばれるもので、M&Aの売り手となる企業が過去または現在、隠れた法令違反を行っていないかを調べ上げるデューデリジェンスです。
この法務デューデリジェンスは、弁護士や司法書士、行政書士などの法律家が中心となってサポートを行います。
契約書の内容をくまなく調べて、契約違反(債務不履行)が起きていないか調査をしたり、その業態にふさわしい適正な許認可や免許を受けているかをリサーチするなど、過去ないし現在進行中の法令違反行為の有無や程度を調べ上げます。
この法務デューデリジェンスを怠ると、刑事事件として逮捕・訴追されてしまうリスク、民事裁判で提訴されて、その訴訟対応に追われ、慰謝料などの賠償責任を負うリスク、あるいは行政処分によって、監督官庁からの厳しい指導・監視を受け、最悪の場合は廃業に追い込まれてしまうリスクもありえます。
人事労務デューデリジェンス
法務の中でも、人事・労務セクションに特化したデューデリジェンスです。従業員に対して、労働基準法などの労働法規や就業規則などに則った取り扱いをしているかどうか、従業員に対して、パワハラや不当解雇、未払い残業代、社会保険未加入など、隠れた法的リスクを含む扱いをしていないかを調査します。この人事労務デューデリジェンスが不完全だと、M&A後に刑事訴追や労基署による調査などを受ける危険性があります。
売り手側企業の人事部・総務部の社員に、M&Aが進行中であることが発覚しないよう配慮しながら進める必要があります。弁護士の他、人事系法務の専門家である社会保険労務士の協力を得ることもあります。
知的財産デューデリジェンス
画期的で商品力のある発明やアイデア、コンテンツなどを持っている企業とM&Aを図ろうとする場合には、その企業が保有している著作権、特許権、意匠権、実用新案権などの知的財産権に関する価値を調べたり、そうした知的財産権を担保に負債を抱えたりしていないか、などを調査する必要があります。
弁護士の他、知的財産の専門家である弁理士の協力を得ることもあります。
事業的なデューデリジェンス
経済的・法的なものを除く、ビジネス全般の実態を多角的に調査することが事業的なデューデリジェンスです。主に次のような類型があります。
ビジネスデューデリジェンス
企業の商品やサービス自体、あるいはビジネスモデルやサプライチェーン、マーケティングや広報戦略、業界内での競合関係、CSRの実態などについて調査するデューデリジェンスです。
M&Aによって本当に期待される以上のシナジーを得られるのかどうかを事前に調べることで、費用対効果が低く、買い手にとって不本意なM&Aを回避することができます。
場合によって、経営コンサルタントなどの専門家のサポートを受けることもありえます。
ITデューデリジェンス
企業の保有するサーバー、PCやスマホなどの端末、ソフトウェアや運用エンジニアなどを含む、一連のデジタル・オンラインシステムの実態や問題点についてリサーチを行うデューデリジェンスです。
特にこれから、AI・IoT・SaaS・ブロックチェーンなど、次世代のICT技術を活用できるかが、企業の将来性を決定づける時代となっています。M&Aに際して、時代にマッチするシステムへ更新するのに、どれほどのコストを見積もるべきかをあらかじめ算定する意味合いもあります。
環境デューデリジェンス
資本主義社会の発達は、公害や地球温暖化などの環境破壊を生み出してしまいました。そこで、利益最優先の企業活動は厳しく非難される時代となり、「利益追求と環境保護の両立・バランス」が求められるようになりました。
環境保護が、企業の果たすべき社会的責任のひとつであり、顧客が商品やサービスを選択する重要な理由となりつつあります。そのような時代背景の変化から、工場などの事業所を原因とする、土壌汚染や大気汚染が起きていないかを事前に調べておく環境デューデリジェンスが注目されています。
土壌汚染防止法などの環境法規とも絡みますので、法務デューデリジェンスとの関連性も深いです。
まとめ
デューデリジェンスは、M&Aに至る過程の中でも大きなイベントのひとつです。あなたの会社の買い手として名乗りを上げてくれた経営者に対し、さらなる信頼性をアピールできる絶好の機会でもあります。
しかし、デューデリジェンスに協力的でなかったり、会計処理やコンプライアンス(法令遵守)に疑わしい事柄が生じても誠実に説明できなかったりすれば、かえって信頼が失墜するおそれもあります。
デューデリジェンスによって信頼が落ちれば、非常に細かい調査が繰り返されてデューデリジェンス期間が長引いたり、最終的な譲渡額で安く買い叩かれたり、M&A交渉そのものが打ち切りになったりするリスクも否定できません。
ここでもし、優秀なM&A仲介会社・アドバイザリーの力を借りることができれば、過去の経験則などから、つまずきやすい要素を回避できます。そうして、複雑なデューデリジェンス手続きを円滑に完了でき、M&Aの最終的な譲渡額も満足していただける水準で維持させることができるでしょう。